インスタグラムの"なんか嫌さ"

最近インスタグラムで投稿に添える文章を書いていると、なぜかたまらなく嫌な気持ちになることがある。

自分の言葉を書けなくなっているという感覚にとても嫌になる。

私自身、何か言葉を書き連ねるのがあまり得意な方ではないが、これは自分の言葉だと言える文章と、そうではない文章の違いは確かに存在する。

今アルゴリズムに最も評価されるいわゆる”メタ”的な言葉は、明らかに私自身の言葉ではないし、その言葉を使わざるを得ない、いわゆる"アルゴリズムに書かされている"環境は私にとって心地の良いものではない。

そういった言葉を使うことは、私自身にウソをつくことになる。自分を大切にできていない気持ちにすらなる。

インスタの投稿についてもなんだかやらされている感がとても強くあって、当初は純粋な気持ちで楽しめていたが最近は義務感の方が強くある。とても健康的とは言えない。

やがて、自分自身の言葉を失ってしまうのかもしれないという恐怖感すらある。そして自分の言葉を失うということは、私にとって自分の考えや気持ちまでも失うということを意味する

"ほんとうのこと"を書くために

やがて、本当に自分にとっての”ほんとうのこと”が書けなくなるその前に、自分の言葉を守るための場所としてこの日誌に思ったことを思うままに書き連ねていくつもりだ。ここではプラットフォームも、アルゴリズムも意識しなくて済む。この場所は小さければ小さいほど良い。

バズとハックという大嵐で更地になり、メタという武器を携えたアテンションエコノミーという名の王が支配したこの荒廃した世界で、私の言葉を守るオアシスにこの場所がなればいいと思う。(2026.9.6)